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わからない 

今 ここでブログをアップできる奇跡

なにこれ
私わからない

どうして私は生きてる?



地震に遭遇したのは 近所のスーパーでだった
地下にあるそのスーパーで買い物を
「さあ始めよう」とカートを押し 店内を歩きはじめてすぐだった

カートには 子供達にと いちご

Eさんに頼まれた物を探して~なんて思ってる時に
ぐらりぐらり。。。と眩暈みたいな揺れを感じて
カタカタカタカタ。。。。。。。。と揺れ続けてる
他のお客さん達は 案外しれ~っと買い物を続けているのだけど
揺れが収まらず 棚から商品が落ち始めて
私は「ヤバイ」と思って
カートもそのまま とにかく地上へつながる階段を走って登った
その時は 店内にいた人達も走っていた

あの時 もっと人がいたら
将棋倒しになったりして 事故につながるんだろう と
頭の片隅で冷静に思いながら 
とにかく無事 外に出たのはいいけど

揺れ続けている

どうしたらいいのか一瞬わからなくなって
とどまるべきか とにかく帰宅するか。。。
でも子供達のこともあるから 帰宅を選ぶ


その後のことは みなさんも知ってのとおり



うちは子供達も無事でEさんはバイク通勤なので
比較的早く(甲州街道はすごい渋滞だったそうだ)帰宅してくれたので
一安心



テレビではずっと被害状況を流していて
それを見て子供達は
「こわいから テビリ(テレビ)けちて(消して)いい?」と言う

怖いよね 本当に怖いよね

私だって ものすごい怖いのだ



でも 分からないのだ

現場で災害に遭って家を失い 家族を失うということ
それがどれくらいの大きなショックなのか
どれくらいの喪失感なのか
どれくらいの無力感なのか

私には その気持ちを「本当に」知ることはできないのだ
あくまでも想像 予想 

現実は私の想像するものとは はるかに桁違いのものなのだろう


それは私の想像をはるかに超えていて
私には 何も語るべき言葉など 何一つないと
本当に 本当に思うのだ


昨日 義理の母親が被害状況をずっとテレビでみていて
うっすら涙をうかべながら
「かわいそうにねぇ 運命の別れ道だねぇ」とか
「子供がちょっとくらいいたずらしたって 元気で生きてくれているだけで
ありがたいねぇ」
「家族を亡くすのは どんな気持ちだろうねえ」
とか言っていて

正直 私は辟易してしまった


「可哀想」なんて言葉 言えるのは
それは あなたが「第三者」だからでしょう?


その気持ちを理解できない





流れてくる映像を見て 本当に息苦しくなるし
泣きたくなる
涙も出る

目の前で自分の娘が流されていくのを見ながら 自分は助かってしまった母親
そんなの切なすぎる
悲しすぎる

その後 母親はきっと助かってしまったことに罪悪感を
娘を失ったことに喪失感を
むなしさを感じながら 色々な気持ちにさいなまされながら
生きていくのだろう と思うと
切なすぎる

でも でも
「可哀想」とは言えない
絶対に言えない

そんな言葉じゃ足りないのだ
その言葉は不適切だと思うのだ

そういう話を昨日Eさんとしていたら
どんどん涙が出てきて

テレビで解説してる人達だって 第三者で
きれいな服着て温かい場所でお金までもらって
しゃべってる

ね そんなのあり?

これってなに??

私には分からないのだ
本当に

もちろん現地に赴いてレポートを命がけでしている人たちもいる





私は震災に遭った人たちの事を「可哀想」だとは
絶対に口にしたくない

でもだからと言って
私は積極的に彼等を助けようと動いている訳でもない

その事に気付きたくなくて
義母のことを批判してる私

そんな自分に幻滅もするし

「わからない」とそんなふうにしか感じられない自分に
罪悪感を感じるし嫌悪もする

本当に本当に被害に遭われた方に申し訳ないけれど。。。
ごめんなさい





でも 私は彼等の気持ちを全部理解しようと
感じようとすると
自分自身がだめになってしまう



あれは小学校5年生の夏休みだった
第二次世界大戦の話で
ユダヤ人であるためにヒトラー率いるドイツ軍からの迫害を逃れるため
隠れ家に住み続け 最後には見つかってしまい
アウシュビッツに収容されてしまった少女
「アンネ・フランク」の物語を放映したのだ

それを見て「戦争」がとても恐ろしいものだと感じ
私はそれから一週間くらい怖くて怖くて
夜 眠るのが恐ろしくて目を閉じると
戦争の映像が浮かんで 怖くて涙が出て
本当に眠れない夜が続いた


その話を大人になってから友人にしたら
「それは間違ってるんじゃないの?
普通『怖い』って思うんじゃなくて『可哀想』って思うんじゃない?」
と言われたのだ

私はその言葉を聞いた時の「違和感」を
今でもはっきりと覚えている

その意見こそ間違いなんじゃないの?と


可哀想と思えるのは第三者だから
傍観者だから
そう言えるのだと思ったのだ

それを実感していないから そんなふうに言えるのだと思ったのだ

私はあの時 本当に「戦争」を体感したと自分で思う
怖いものだと体感したんだと思う

それが心の奥底に残っている
恐怖として私の心の奥底に残っている

もちろん本当に戦争に行った人たちの気持ちが
心底 理解できた訳はないし
本当の意味で戦争を体感した訳ではないけれど


それが何?って話だけど



可哀想って 誰が誰に言う言葉?
誰のための言葉?



こういう現実が襲ってくるたび
私は思う

本当に分からない

私には何も分からないし
何も口にできる言葉などないと

もう上っ面だけの
きっと安っぽい言葉になってしまうから
本当に何も言えなくなってしまう


だいたい こうやって
ここで文章を書いている時点で
私は第三者になっていて傍観者なのだ

私に何かを語れる訳がない



それでも それでも
日本がだめにならないように
機能し続けるために
子供達を守るために

私は私の出来ることをする


でも でも
心から祈ってもいます

彼等の心が保たれることを
生活が一日も早く 戻ることを



ただ あくまでも
感情は個人的なものだから
「可哀想」だと思う人のことを非難してる訳じゃないし
被害に遭われた方達を「可哀想」だと思うことを
悪いことだと言ってるわけでもない

感情に優劣はないから

でも こうやって書いていると
自分の思っていることが「正しい」と主張しているみたいで

でも結局そういうことなのだろうか?


この文章を読んで不快に思った方がいらっしゃったら
ごめんなさい


今もテレビでは 
何千人もの遺体が。。。とか言っている
もう怖くて聞いていられない
悲しくて聞いていられない

胸が痛む とは 本当にこういうこと

でも こんなのは
当事者の何千分の一にも満たないのだろう


うごくこと
自分の守るべきものを守ること

それが今の私にできること









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ミカ

Author:ミカ
お菓子をほおばった時の
とろけるような幸福感*
身につけた時にそんな気持ちに
なるようなアクセサリーを目指して
日々制作していましたが。。。
 
H19年9月に
一卵性の双子の男の子を出産
ただいま育児奮闘中~☆

制作日記が
育児日記になりつつありましたが

H22.2月 育児日記を別に作りました!
興味のある方は こちらをどうぞ↓
http://hutagolife.blog10.fc2.com/


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